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鎌倉殿の13人21話のネタバレ-みんなの感想【仏の眼差し】

この記事では鎌倉殿の13人の21話のあらすじ、ネタバレ、みんなの感想を紹介しています。まだ視聴していない人は注意願います。

義経の死後、頼朝は全国へと勢力を広げていきます。

そして、ついに頼朝は奥州征伐に乗り出します。

鎌倉勢は御舘である藤原泰衡を討ち、奥州藤原氏を滅ぼしたのでした。

目次

鎌倉殿の13人21話のあらすじとネタバレ

21話のネタバレあらすじ

平泉を訪ねた頼朝は、そこで藤原泰衡の首を確かめました。
藤原泰衡の首を討ちとったのは、家臣である河田次郎です。
河田次郎に対し、頼朝は「恩を忘れて、損得で主君の首を取るとは何事か」と激怒し、即座に河田次郎の斬首を命じました。

奥州藤原氏を滅ぼした頼朝は、「ついに日ノ本を平らげた。源氏の世はもうすぐそこだ」と感慨にふけます。
しかし、義時は義経を死に追いやってしまったことに対して、後悔の念にとらわれていました。
ほかの御家人たちも、義経の死を惜しんでいます。
奥州征伐勝利の酒の席でも、義経の話が出ました。
「平三(梶原景時)が鎌倉殿に物申さなければ、九郎(義経)殿は死なずにすんだ」という声も聞こえてきます。
景時は宴席から離れ、外で酒を飲んでいました。
「九郎殿は英雄として語り継がれ、自分は悪役の宿命なのだろう」そう言って、景時は悲しそうに笑うのでした。

奥州征伐の後、頼朝は上洛に向けて動き出します。
後白河法皇からは文が届きました。
文には奥州征伐に対し、褒美を出すと書かれていました。
頼朝は、褒美は辞退すると返事をします。
頼朝からの褒美辞退の文を目にした丹後局は、なぜ褒美を辞退するのか理解できません。
後白河法皇は、頼朝が自分の思い通りには動かないことを悟り、不満を感じます。
頼朝からの文には「法皇様に近々お目にかかりたい」とも書いてありましたが、後白河法皇に仕える平知康は、義経に頼朝追討の宣旨を出したことに対して怒っているのではないかと話します。

その頃、鎌倉の御所に頼朝と北条家の家族が集まっていました。
この日、初めて金剛は万寿と会うことを許されたのです。
頼朝は金剛に「いずれは万寿を支え、鎌倉を盛り立てていけ。」万寿には「金剛を大事にするように」と声を掛けました。
そして、万寿と金剛は二人で遊びます。

その年の暮れには時政とりくとの間に後の北条政範となる男の子が生まれました。
そのお祝いに、北条家が集まります。
八重は世話をしている子供たちと一緒に作った草履を時政に贈りました。
その様子を見て、政子は「義時は本当にいい嫁を持った」と喜びますが、りくは孤児と金剛を一緒に育てている八重を快く思いません。
りくは、北条家に緊張感が足りないと感じていました。
りくは「もっと北条家を盛り立てていくのです。近頃比企殿ばかりひいきされているように思うのは私だけなの?」と家族に訴えます。
比企能員は奥州討伐の総大将をつとめており、万寿の乳母でもありました。さらに娘を範頼に嫁がせるなど、源氏との縁を深めていたのでした。

そして、話は大姫に及びます。
大姫は魔除けのようなものに興味を持ち、自分を源氏物語の登場人物の葵だと話すようになっていました。
政子は様子を見ていましたが、実衣は早く亡くなってしまうのではと心配しています。
義時は、大姫の様子は義高の死によるものだと思い、自分のせいだと心を痛めます。

数日後、時政が建立した願成就院に仏師・運慶が作った仏像を安置することになり、時政と義時は伊豆へ向かいました。
横柄な運慶に義時は腹を立てますが、仏像は目を見張るものでした。

その頃、八重は子供たちを連れて、川に遊びに来ていました。
三浦義村も子どもの初を連れて遊ばせていました。義村がその場を離れた後、川から泣き声が聞こえてきました。
八重がかけつけると、連れてきた子どもの一人が川でおぼれかけています。
その様子を見た八重は、頼朝との間に授かった千鶴丸の姿が重なりました。
八重は夢中で川に飛び込み、子どもを助けます。
戻ってきた義村に子どもを託した八重は、そのまま行方不明になってしまいました。
頼朝も駆けつけ、鎌倉中の御家人に捜索をさせます。
しかし、政子のもとに訃報が届きました。
その時、義時は伊豆の仏像の前で集まった北条家の人々と酒を酌み交わしていたのでした。

鎌倉殿の13人21話のみんなの感想

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